9月21日(土)・22日(日)に日本産業保健法学会の第4回学術大会(テーマ:産業保健格差と法~時代を跨いだバックランナー対策を考える~)が東京都大田区蒲田で開催され、大会プログラムの一つである模擬裁判に会社側代理人弁護士役で参加しました。日本産業保健法学会は2020年11月発足の比較的新しい学会で、産業医や保健師・看護師、産業保健に関わる学者の方々のほか、社会保険労務士や労使双方の弁護士などが会員となっており、私は今回初めて参加の機会を得ました。
今回の模擬裁判は、「発達障害の疑いがある者の適応障害による休復職」をテーマに、シャープNECディスプレイソリューションズほか事件・横浜地裁2021(令和3)年12月23日判決(労働判例1289号62頁掲載)を題材としたものでした。元になった裁判例の事案は、総合職正社員として新卒入社した男性社員が、入社後間もない時期から、十分な職務能力を見せず、無断残業をしたり、業務指導に対して鼻水を垂らして泣きじゃくったりするなどの状況が散見され、その後、ようやく受診に至った精神科にて適応障害との診断を受けたことから私傷病休職を開始し、一度の休職期間延長を経て、休職開始から約2年半以上が経過した2018年10月末、会社が復職を認めず自然退職としたことの妥当性が争われたものです。裁判所は、休職開始当初から、業務の遂行に必要とされるコミュニケーション能力や社会性等を欠く状態が見受けられたものの、休職理由は適応障害であるため、適応障害の症状が改善したのであれば復職を認めるべきであり、(会社側が復職を認めなかった理由には)「原告の休職理由である適応障害から生じる症状とは区別されるべき本来的な人格構造又は発達段階での特性が含まれており、休職理由に含まれない事由を理由として、いわゆる解雇権濫用法理の適用を受けることなく、休職期間満了による雇用契約の終了という法的効果を生じさせるに等しく、許されない」との判断を示し、会社側敗訴となりました(控訴取下げにより裁判は終了したようです)。
この判決について議論すべき点はいくつもありますが、その中の一つは、「適応障害から生じる症状」と「本来的な人格構造又は発達段階での特性」とを(医学的にも)明確に区別することができるのか、という点です。さらに、復職可否判断の際の検討対象が休職開始時点での休職理由に厳密に限定されるのであれば、翻って使用者側は、休職開始時点でより慎重に休職理由を設定する必要が生じることとなり、使用者側に見える労働者側の状況・病状は限定的であることも踏まえると、果たして使用者は私傷病休職制度をどのように設計・運用すべきかという点も検討課題といえます。
模擬裁判は、労働者側代理人弁護士役と労働者の主治医役、会社側代理人弁護士役と産業医役がそれぞれチームとなり、数ヶ月間にわたる準備を経て臨みました。準備過程でも学ぶところは多かったですが、得た気づきの一つは、会社・産業医間のコミュニケーションの重要性です。上記裁判例の事案でも、後から判決文を眺めると両者間のコミュニケーションが不十分であった面があるように見受けられ、それが結論にも影響したように思われます。復職可否は、「債務の本旨に従った労務の提供が可能な状態になったか」を検討するものであり、当該労働契約において当該労働者が負う債務の本旨は何なのかを的確に捉えた上でそれを前提に議論を進める必要があります(なお、この検討に関しても上記判決には疑問があります。)。このことを考えると、会社から産業医に対して「当該労働契約において当該労働者が負う債務の本旨」に関する情報を提供する姿勢を持ち、会社と産業医とが目線を合わせた上で、休職発令前後から休職期間中の経過全体を通じて連携していくことが事案の適切な解決に際して重要ではないかと感じました。模擬裁判への参加で得られた気づきを、今後の実務に活かしていきたいと思います。
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