「令和5(2023)年度「過労死等の労災補償状況」の公表」

 先日、厚生労働省が令和5(2023)年度の「過労死等の労災補償状況」を公表しました。これは、令和5年度における、脳・心臓疾患及び精神障害に関する労災の請求件数(いわゆる労災申請の件数)や、業務上外の決定件数(業務上決定がいわゆる労災認定を意味し、決定件数には同年度以前に請求があったものを含む)等について、総数に加え、業種別、職種別、年齢別、都道府県別、時間外労働時間別、就労形態別、及び出来事別(精神障害のみ)の件数を明らかにしたものです。

 
 まずは、請求件数の総数の多さが目を引きます。脳・心臓疾患に関しては、新型コロナ禍前の令和元(2019)年度は936件、その後、784件、753件、803件と推移し、令和5年度は1023件でした。精神障害に関しては、令和元年度は2060件でしたが、その後、2051件、2346件、2683件となり、令和5年度は3575件にも増えています。

 
 次に、認定率(当該年度の支給決定件数を、当該年度の決定件数で除した数)は、脳・心臓疾患は、死亡事案も含め、過年度の傾向とさほど変わりがなく(令和3年度が32.8%[33.7%]、令和4年度が38.1%[38.8%]、令和5年度が32.4%[31.0%]、[死亡事案])、精神障害についても同様の傾向です(同じく、32.2%[47.3%]、35.8%[43.2%]、34.2%[46.5%]、[自殺事案(未遂を含む、以下同じ)])。

 
 精神障害に関しては、「心理的負荷評価表の明確化等により、より適切な認定、審査の迅速化、請求の容易化を図る」との観点から認定基準が改正され、令和5(2023)年9月1日より新たな認定基準に基づく運用が始まっていたところですが、この改正による影響は、認定率の傾向にはまだ表れていないもようで、今年度以降の傾向にも注視を要するものと考えます。(なお、精神障害に関して新たな認定基準が策定されたことを受けて、同年10月15日付けで、脳・心臓疾患に関する労災認定基準も一部改正されています。)

 
 また、この新たな認定基準では、業務による心理的負荷評価表の具体的出来事として、「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」(いわゆるカスタマーハラスメント、以下「カスハラ」)が追加されました。これに関する決定件数等が初めて公表され、業務上外の決定件数は83件(うち女性は66件、うち自殺事案は1件で女性)、業務上と決定された件数は52件(うち女性は45件で自殺事案を含む)でした。この具体的出来事の平均的な心理的負荷の強度は「中」とされていますので、業務上と決定された事案では、カスハラの具体的態様が特に酷いものであったか(「強」となるのは、治療を要する程度の暴行等を受けたり、暴行等や人格・人間性を否定するような言動を反復・継続するなどして執拗に受けたり、「中」程度の迷惑行為について会社に相談しても又は会社が迷惑行為を把握していても適切な対応がなく改善されなかった場合等です)、又は、他の具体的出来事による心理的負荷との総合評価で「強」となったものと考えられますが、女性が占める割合の高さが顕著です(支給決定件数に占める女性の割合は、「セクシュアルハラスメントを受けた」の97.0%に次ぐ86.5%です)。カスハラに関しては被害に遭う可能性の高さについて明確な男女差があるとのイメージがなく、この結果は意外に感じました。

 
 現在、厚生労働省が設置している「雇用の分野における女性活躍推進に関する検討会」では、カスハラを含むハラスメント法制の在り方等が横断的に検討されています。7月19日に開催された第10回検討会では、報告書(素案)が示され、その中では、カスハラについて「労働者保護の観点から事業主の雇用管理上の措置義務とすることが適切である」と明記されています。

 

五三・町田法律事務所 弁護士 町田悠生子

 
 

※厚生労働省Webサイト「令和5年度『過労死等の労災補償状況』を公表します」(令和6年6月28日報道発表):こちら

 
※厚生労働省作成パンフレット「脳・心臓疾患の労災認定 過労死等の労災補償 Ⅰ」(令和5年10月):こちら

 
※厚生労働省作成パンフレット「精神障害の労災認定 過労死等の労災補償 Ⅱ」(令和5年9月):こちら

 
※厚生労働省Webサイト「心理的負荷による精神障害の労災認定基準を改正しました」(令和5年9月1日報道発表):こちら

 
※雇用の分野における女性活躍推進に関する検討会:こちら

 
※「雇用の分野における女性活躍推進に関する検討会 報告書(素案)」:こちら

 

(2024年07月30日)

 
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