2023年4月から、常用労働者数が1000人を超える事業主は、男性の育児休業取得率等の公表が義務付けられ、3月末に事業年度が終了する企業では、6月末頃までの公表が求められます。また、2022年7月の女性活躍推進法の省令改正により、常用労働者数が301人を超える事業主は、男女の賃金の差異を把握し公表することが義務付けられましたが、これは、2022年7月8日以後、最初に終了する事業年度の実績を、その次の事業年度の開始後おおむね3か月以内に公表するものとされていますので、こちらも、3月末に事業年度が終了する企業では、6月末頃までに公表することになります。4月から新年度を迎える多くの企業では、この先、人事労務部門が中心となってこれらの公表に向けた準備を進めることと思います。
人材に関する情報開示を義務付ける動きは、近年のトレンドと言ってもよいでしょう。例えば三六協定を締結し、その内容を遵守するといった具体的な行為を義務付けるのではなく、企業内の情報の開示のみを義務付ける(開示する情報の内容如何は、所定の計算式等に則っていれば問わない)という手法は、労働政策の新たな実現手法として人事労務分野で近年急速に広まりを見せているものです。ポストコロナが明確に見え始め、再び人材獲得難となる向きもある中、情報開示により求職者等にとって他社との比較が容易になれば、それが採用等に与える影響は決して小さくないと思われます。そうすると、法律上の義務としては、情報の内容は問われないものの、企業は、より良い情報を開示できるよう動かざるを得ないこととなり、それが、新たな実現手法の目指すところです。また、良い取組をしている企業においては、情報開示によって一層、外部労働市場に向けたアピールが可能となり、そのような企業を後押しするという側面もあります。
さて、労働法の世界では、今のところは、数値の単純な開示に留まっていますが(ただし、男女賃金の差異の公表では、説明欄の有効活用が促されています。)、非財務情報を可視化する動きは、さらに進んでいます。内閣府は、非財務情報可視化研究会を設置しました(座長は、2020年9月公表の「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書(人材版伊藤レポート)」と2022年3月公表の「人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書(人材版伊藤レポート2.0)」を取りまとめた伊藤邦雄氏です。)。2022年2月から6月までに計6回の研究会が開催され、2022年8月30日に人的資本可視化指針が策定されました。この指針は、人的資本に関する資本市場への情報開示の在り方について、既存の基準やガイドラインの活用方法を含めた対応の方向性を包括的に整理しており、人材版伊藤レポート及び同レポート2.0と併せた活用による相乗効果が期待されています。さらに、企業内容等の開示に関する内閣府令も2023年1月31日に公布・施行されました。これにより、2023年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書等から、サステナビリティに関する考え方及び取組の開示が求められ、従業員の状況に関する情報として、管理職における女性の比率、男性の育児休業取得率、男女賃金の差異や、人的資本(人材の多様性を含む。)に関する戦略と指標・目標などの記載が求められるようになります。このような動きは、もはや人材戦略が、人事部門に留まらず、経営戦略の中に確実に取り込まれることを促すものといえ、企業としては、単純なる数値等の開示に留まることなく、あくまで実践のための開示であることを常に意識し、人材戦略を経営課題と捉え、企業価値の向上に結び付けていくことが一層求められます。
※「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正案に対するパブリックコメントの結果等について(令和5年1月31日金融庁 報道発表資料):こちら
※人的資本可視化指針(令和4年8月30日策定):こちら
※人的資本可視化指針付録:こちら
[付録①]人的資本:開示事項・指標参考集
[付録②]人的資本:開示事例集
[付録③]参考資料集
※金融庁金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」(令和3年度)開催通知・資料・議事録:こちら
※金融庁金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」(令和4年度)開催通知・資料・議事録:こちら
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★弊社発行の「季刊労働法280号(2023/春季)」に上記に関連する特集を掲載
こちらもぜひご確認ください
▼季刊労働法280号(2023/春季)『特集:再検討・労働法の規制手法』
男女賃金格差情報開示や男性育休取得率の情報開示など、実体的ルールを定めずに、情報を公表させることを通して、事業主に社内の運用の点検を促し、社会の目によってチェックするという手法が注目を浴びています。また、公契約条例は、労働条件規制を、労働法以外の手法で実現しようとするものとみることができます。今号では、労働政策の実現手法をめぐる動向をチェックし、それについて議論します。
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